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東京地方裁判所 平成5年(ワ)6142号 判決

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は、原告に対し、金二〇一二万八〇〇〇円及びこれに対する平成四年一二月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の予備的請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、それぞれを各自の負担とする。

理由

第一  請求

一  被告は、原告に対し、金五〇三二万円及びこれに対する平成四年一二月一一日から支払済みまで、主位的に年六分の、予備的に年五分の割合による金員を支払え。

二  仮執行宣言

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、主位的に、被告に対する新幹線回数券の販売代金とその弁済期の日の翌日からの遅延損害金の支払いを求め、予備的に、右販売契約が被告との間に成立していない場合には、被告の被用者の不法行為を理由に被告に対し使用者責任に基づく損害賠償とその損害発生の日の翌日からの遅延損害金の支払いを求めた事案である。

二  前提事実(争いがない。ただし、事実の末尾に証拠を記載したものは、当該証拠により認定した事実である。)

1  原告は、旅行業を営むことを目的とする株式会社である。被告は、電気機械器具の販売を主たる目的とする株式会社であつて、もと東日本東芝家電販売株式会社と称していたが、平成四年四月一日、現商号に変更した。(なお、甲三)

2  訴外高山保夫(以下「高山」という。)は、平成二年六月当時、被告の市販部人材育成担当課長の地位にあり、平成三年一〇月からは、同部推進担当課長となつたが、その間、一貫して東芝家電製品の小売店(以下「販売店」又は「東芝ストア」ということがある。)が従業員を採用するのを支援する職務に従事していた。(《証拠略》)

3  原告は、平成二年六月一五日、高山との間に、「東京東芝家電グループ事務局市販部担当部長高山保夫」等と表示した「JR・国内航空券の代金支払いに関する覚書」と題する書面(以下「本件覚書」という。)を取り交わし、以下の事項を取り決めた(これが高山個人のとしてのものか被告を代理したものかは争いがあるが、その場合について「被告(高山)」ということがある。)。

支払期日 被告(高山)が原告から購入するJR・国内航空券の代金の支払いは、毎月二〇日を締切日として翌月一〇日に支払うものとする。

支払方法 原告の指定する銀行口座に支払う。

次いで、原告は、平成三年四月八日、高山との間において、「右同事務局市販部高山保夫」等と表示した「旅行代金の支払いに関する契約書」と題する書面を取り交わし、原告が被告(高山)に販売する乗車券の代金の支払いにつき、本件覚書と同様の締日及び支払期日を取り決めた(以下「本件代金支払契約」という。)。

4  高山は、本件代金支払契約に基づいて、原告から、東京・新大阪間「新幹線エコノミー回数券」普通券(以下「新幹線回数券」という。)を一か月に一、二回の割合で購入していた。その購入日及び購入冊数は別紙取引内容一覧表のとおり(但し、平成二年については概数。以下「別紙一覧表」という。)である。

5  高山は、原告から、平成四年一一月一六日、新幹線回数券八五冊を、代金五〇三二万円、支払期限同年一二月一〇日にて従前と同様に買い受けた(以下「本件取引」という。)が、右支払期限が過ぎても代金を支払わなかつた。

6  なお、高山は、原告から右のようにして購入した新幹線回数券を、直ちに、いわゆるチケット屋で換金し、これを、旅行業を営む訴外ニッテツトラベル株式会社(以下「ニッテツ」という。)から原告からと同様の方法で購入して換金した新幹線回数券の購入代金の支払いに充てていた。

三  主要な争点

1  契約責任(主位的請求)の成否

(一) 原告の主張

(1) 高山の代理権に基づく取引

高山は、被告の市販部人材育成担当課長ないし推進担当課長として、東芝ストアの従業員に滋賀県の研修センターでの導入研修を受けさせるための乗車券類の購入の代理権を有していたものであり、本件覚書、本件代金支払契約及び本件取引は、いずれも、高山が、同人の有する右代理権の範囲内で、被告を表示する「東京東芝家電グループ事務局」の名称を示して行つたものである。

(2) 表見代理における基本代理権

仮に高山に右の代理権がないとしても、高山は、前記職務にあつた者として、人材採用確保策の企画とその推進、販売店の採用条件の整備、人材採用活動とその調整窓口等の職務に従事していたものであつて、採用すべき従業員を求めて自ら地方に出張し、あるいは他の者をして地方に出張せしめる権限を有しており、そのために被告の名前を示して、右の出張に必要な乗車券類を購入する代理権を有していた。

(3) 表見代理における原告の正当理由

原告の八重洲支店長及川昭和(以下「及川」という。)及び課長補佐林哲生(以下「林」という。)は、本件取引を含む一連の取引において、高山に本件代金支払契約の締結と本件取引を行う代理権限があると信じ、かつ、そう信じることに過失がなかつた。

すなわち、高山は、本件取引に先立つて、平成二年六月から、約二年六か月にわたつて原告と取引を継続してきたものであるところ、その間被告の代理人として、平成四年二月二四日には新幹線の指定席券三四席分、同年三月九日には同三三席分の手配を原告に依頼しており、原告には、高山に右代理権があると信じるについて正当の事由があつた。このことは、原告との取引と相応する期間、高山との間で、原告と同様の取引を行つていたニッテツの担当者も、原告と同様に高山の権限を疑つていなかつたことからしても明らかである。

(二) 被告の主張

(1) 代理行為の不存在

「東京東芝家電グループ事務局」は、被告を表示するものではない。「東京東芝家電グループ」とは、昭和五八年ころ、東京地区の東芝ストアーの一部販売店が集まり、人材採用のための勉強会を開催した、その勉強会の集まりの名称であつて、後に、被告会社が、販売店の行う東京地区募集活動の事務を手伝うことになつたので、「東京東芝家電グループ事務局」の名称の下で、募集活動を手助けしてきたものである。しかし、被告には、右「事務局」としての特別の人員もなく、組織化もされていない。また、その活動は、東京地区における個々の販売店の人材採用活動の事務的な応援(求人票の作成指導、求人票の発送、学校よりの問い合わせの販売店への取り次ぎ)である。更に、高山自身が、原告に、「被告を中心にした各販売会社や東芝製品の販売関係の問屋、小売店の親睦団体である」という説明をしており、右「事務局」が被告を表示するものでないことは明らかである。

(2) 高山の代理権の不存在

高山の職務上の権限は、販売店が従業員を採用することについての支援までである。なお、被告においては、販売店に採用が決まつた者に対し、ビジネスマナーの習得、電気の基礎知識等を付与するための導入研修を行つているが、その研修の実施は、高山の権限外の事柄である。そして、右研修のために乗車券類を購入する権限は、市販部長ないしは教育研修統合企画の担当責任者にあつて、高山にはない。仮に高山に、乗車券類を購入する代理権があるとすれば、それは、単発的かつ個別的な乗車券類の購入についてのものであつて、本件取引を含む一連の取引のように反復して、かつ大量の乗車券類を購入する代理権はない。また、高山の右代理権は、本件の基本代理権になるものではない。

(3) 表見代理における原告の正当理由の不存在

高山が、平成四年二月から三月にかけて、原告に三三席分、三四席分の新幹線の指定席券の手配を依頼したことがあるが、右は、本件覚書及び本件代金支払契約締結時より後のことであつて、原告の無過失を根拠づける事実たりえない。

また、本件取引は、被告の商号とは明らかに異なる「東京東芝家電グループ」の名称でなされており、かつ、前記のとおり、高山は、右グループは、販売店等の親睦団体であるとの説明をしている。更に、高山は、本件取引に至るまでに、別紙一覧表のとおり、長期間にわたり、反復して大量の新幹線回数券を購入していたものであるが、その枚数は、一回に一〇〇〇枚を越え、時には四〇〇〇枚に達していたのであつて、高山の職務に照らして異常に大量といわなければならず、原告が被告に照会していれば真相が容易に判明した。

よつて、原告は、本件取引を含む一連の取引が被告を当事者としてなしたものではないこと、あるいは高山に大量の乗車券類を購入する代理権がないことを知つていたか、そうでなくとも、少なくとも高山に代理権があると信じるにつき過失がある。

2  不法行為責任(予備的請求)の成否

(一) 原告の主張

高山は、被告の被用者であるところ、高山が、被告を表示する「東京東芝家電グループ事務局」の名を示して、原告との間で、本件覚書及び本件代金支払契約を取り交し、東芝ストアの新採従業員の導入研修のための乗車券類の購入であるとして、原告から新幹線回数券を購入したことは、外形的に被告の事業の執行につきなされたことが明らかである。

よつて、被告は、使用者責任に基づき、高山と原告との本件取引による原告の損害を賠償すべきである。

(二) 被告の主張

高山の右行為は、高山が個人として行つたことであつて、被告の事業の執行につきなされたものではない。

のみならず、前記のとおり、高山は、原告に対し、「東京東芝家電グループ」が、販売店の親睦団体であるとの説明をしているのであつて、原告において、「東京東芝家電グループ事務局」の事務が、被告の業務の執行でないことを知つていたか、仮に知らなかつたとしても、本件覚書等に被告自身の記名押印を求めるか、被告に問い合わせをすれば容易に判明したことであり、これを知らなかつたことに重過失があるというべきであるから、被告に使用者責任はない。

第三  争点に対する判断

一  本件の事実経過

以下の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件の事実経過につき、次の事実が認められる(認定事実の末尾に、認定に供した主な証拠部分等を略記した。)。

1  被告市販部は、平成二年上半期には、販売網担当、販促担当、人材育成担当、小売本部推進担当の四つの部門に分かれており、平成四年下半期には、販売網担当と推進担当の二つの部門に分かれていたが、その担当業務は、東芝ストアー等の販売店による販売網の整備やそれに関連する企画、調査、販売促進活動、東芝ストアーの従業員の採用についての支援、研修といつたものであつた。

販売店の従業員の研修に関連する被告の業務として、右販売店の新採の従業員に対する導入研修を滋賀県の被告の研修施設で行い、その移動のために、市販部で乗車券等を一括して手配し、その費用を各販売店から取り立てる業務があつた。

東京東芝家電グループとは、東京地区の販売店(東芝ストアー)が集まり、人材採用のための勉強会を行つた、その集まりの名称であり、被告が、販売店の行う従業員の募集活動の事務を手伝うことになつたので、「東京東芝家電グループ事務局」の名称を用いることになり、具体的には、人材採用活動の事務的な応援(求人票の作成指導、求人票の発送、学校からの問い合わせの販売店への取り次ぎ)をしていたものである。

高山は、被告市販部において、人材育成担当課長、推進担当課長あるいは部長代理の肩書を用いて、販売店の従業員の採用についての支援業務を担当していた。(《証拠略》)

2  高山は、平成元年ころ、同人の妻がマルチ商法の被害に遭つて、六〇〇万円から七〇〇万円の負債を負うことになつたため、同年一一月にニッテツから、被告の取引店の従業員の研修のためと偽つて、本件取引と同様の新幹線回数券(一冊五〇枚綴り)一〇冊前後、代金六〇〇万円から七〇〇万円を、一〇日締めの翌月二〇日払いのいわゆる掛けで購入し、それをチケット屋で購入代金八〇から八五パーセントで換金して右負債の支払いに充てた。(《証拠略》)

さらに高山は、右代金の支払に充てるため、右代金の支払期日前に、チケット屋で換金したときに生じた購入代金と売却代金の差額分を上乗せした冊数の新幹線回数券をさらにニッテツから購入し、前同様にチケット屋で換金し、その金を前記取引の代金支払資金に充て、その後も繰り返し同じ方法で代金支払いのための資金を捻出してきた。(《証拠略》)

3  新幹線回数券の購入代金と売却代金(換金による取得額)には差があるため、その購入冊数は次第に多くなり、一つの旅行業者で取引を継続すると換金の事実が発覚する可能性があると考えた高山は、平成二年六月一二日に、原告会社八重洲支店に行き、同じフロアにある喫茶店で、従前から知り合いであつた及川と林に会つて、販売店の従業員の研修のためと偽つて、回数券を掛けで買いたいと申し出たところ、及川は現金取引が原則なので契約書を交わしたいと答え、両者は契約書を作成する旨を合意した。そして高山は、林から本件覚書(甲二)の用紙を受け取り、「東日本東芝家電販売(株)内 東芝家電グループ事務局」のゴム印と角印を押捺し、「市販部担当部長高山保夫」と手書きで添書し高山名の印鑑を押捺して本件覚書を作成した。その後平成三年四月になつて、原告の組織上の問題で、本件覚書の他に、あらためて契約書を作成することになり、右同様の「東芝家電グループ事務局」のゴム印と角印及び「市販部高山保夫」のゴム印と同人個人名義の印鑑を押捺して「旅行代金の支払いに関する契約書」(甲一、以下「本件契約書」という。)が作成されて、本件代金支払契約が締結された。(《証拠略》)

本件覚書作成後、高山は、本件代金支払契約に基づいて、被告から、反復して、新幹線回数券を購入するようになつたが、いずれの場合も、購入した新幹線回数券は直ちにチケット屋で換金し、これを、その前にニッテツから購入していた新幹線回数券購入代金の支払いの資金に充て、次いで、同様な形でニッテツから購入した新幹線回数券をチケット屋で換金して、原告から購入した新幹線回数券購入代金の支払いの資金に充て、後交互にこれを繰り返した。このようにして、その後も原告及びニッテツから購入する新幹線回数券の購入冊数は増え続け、原告との取引は当初一回三五五万二〇〇〇円だつたのが、平成四年一一月一六日の本件取引では、五〇三二万円にまでふくらんだ。(《証拠略》)

4  一方、ニッテツは、それまで口頭で被告(高山)と取引をしていたところ、本件取引のころ、取引金額が多くなつたため被告名義の契約書を作成してくれと高山に要求し、高山は「東芝家電グループ事務局」名義の契約書を作成することで切り抜けようとしたが、ニッテツは納得せず、高山との取引を停止した。そのため高山は、本件取引の代金支払日である平成四年一二月一〇日に支払代金を用意することができなかつた。高山は、原告に支払いの猶予を懇請し、一旦、同月二一日まで猶予を得たが、同日にも代金を支払うことができなかつたので、原告は高山の上司である被告の柿沼市販部長に連絡して、高山の不正行為が発覚した。その結果、高山は、平成五年三月に被告を懲戒解雇になつた。(《証拠略》)

二  契約責任について

1  代理行為の存否について

前記事実及び甲一、二のとおり、本件覚書及び本件契約書の冒頭には、被告と原告とが契約を締結する旨がうたわれていること、高山は、原告との取引に先立つて、購入した新幹線回数券を被告のために用いる旨を原告に対して説明していることが認められる。したがつて、高山は、本件覚書や本件契約書を取り交わすに際し、被告のためにするとの代理意思を有し、かつその旨が表示されていたということができ、本件覚書による合意、本件代金支払契約及び本件取引は、高山が被告を代理して原告との間になしたものと認めるのが相当である。

確かに、被告が指摘するとおり、本件覚書及び本件契約書には、契約当事者欄に、「東日本東芝家電販売(株)内 東京東芝家電グループ事務局」との表示がなされている(「東日本東芝家電販売株式会社」は被告の旧商号である。)。しかしながら、それは、高山が被告の意思を仮装して行為をしようとした際、被告の社名印及び代表者印を使用することについて被告の承諾が得られないところ、高山の属していた部署が東芝ストアの従業員採用等を支援する業務を担当し、「東京東芝家電グループ事務局」名のゴム印を利用できたことから、右のとおりに表示したものと認められる(《証拠略》)。したがつて、右当事者欄の記載は、被告そのものを紛れなく表示したものではないものの、被告に属する一部署が窓口となつて被告のために行うことを示したともいえるのであり、前述のとおりの甲一、二の冒頭における被告を紛れなく記載した表示と併せると、本件取引及び前述の契約は、全体として、被告のためにするものと認めることができる。

2  代理権の有無について

原告は、高山が、東芝ストアーの従業員に研修を受けさせるため、あるいは、被告の社員の出張等のために、被告の名で乗車券類を購入する権限を有していた旨を主張するが、右主張事実を認めるに足る証拠はない。

しかしながら、前認定のとおり、東芝ストアーがその従業員を採用するのを高山が支援する職務を担当し、そのための出張の際に、個別的、単発的に被告の名で乗車券を購入することができたこと及び現に高山は、平成四年二月から三月にかけて、被告の行う導入研修(東芝ストアーの新採の従業員に対してマナー等一般的な事柄を教えるもの)の研修生の移動のため、被告の名を示して、原告に新幹線の指定席券(三三席分と三四席分の二回)の手配を依頼していること、高山が、一般的に一定範囲の代理権を有する「課長」の肩書を有していたことは、被告の自認するところである。これらの点からすれば、高山には、右のとおりごく限定された範囲ではあるが、被告の名で乗車券類を購入する代理権があつたというべきである。

3  表見代理の成否について

原告は、高山に、本件取引を含む一連の取引をするについての代理権があると信じ、かつ、そう信じたことに過失がなかつた旨主張する。しかしながら、まずもつて、本件覚書及び本件契約書末尾の当事者欄の表示が、「東京東芝家電グループ事務局」であつて、被告の商号そのものではなく、かつ、それにもかかわらず右書面における冒頭には被告の商号が契約当事者として記載されており、このようなことは、文書にする契約のあり方としてかなり特異であるといわなければならない。また、別紙一覧表のとおり、原告と被告(高山)との取引は、一年のうちの時期を問わず存在し、かつ、二年余りの間にかなり急激に増加し、特に平成四年に入つてからは、取引額が一回当たりおおむね二〇〇〇万円を越え、乗車券類の枚数にして一〇〇〇枚から時には四〇〇〇枚に達していることは、前説示のとおりである。そして、このような取引量の増加あるいは時期を問わない大量の取引量は、高山が原告に説明していた東芝ストアーの従業員の研修(新規採用者の研修なら時期が限定されてくるのが普通のことと考えられる。)や、被告の社員の出張(被告社員の出張なら必要枚数がもつと少ないのが通常と考えられる。)のためということと矛盾していると思われる。これらの点からすれば、原告は、本件覚書作成から二年半後の平成四年一一月にされた本件取引においては、少なくともその真偽、内容等について、被告の上司若しくは然るべき部署に問い合わせをするべきである。したがつて、それをせずして原告が本件取引時点において前記のように高山に代理権があると信じたことについて、原告に正当事由があつたとは認められない。

三  不法行為責任について

1  使用者責任の成否について

前記一1の各事実によれば、高山が、被告の従業員である立場を利用して、導入研修の移動のためであるとか、社員の出張のためと称して、原告から乗車券類を購入することは、外形的に被告の業務の執行に当たるといわなければならない。

被告は、原告と高山の取引が被告の業務の執行としてなされたことを原告が知つていたか、知らなかつたとしてもそのことに重過失があると主張する。しかし、原告と高山の取引が被告の業務の執行としてなされたものでないことを原告が知つていたと認めるに足る証拠はなく、前記の原告と高山との取引が始まつたころの「東京東芝家電グループ」についての高山の説明や、本件取引を含む一連の取引の取引高等の事実も、原告の悪意又は重過失を根拠づけるものとはいえない。

2  過失相殺について

被告は、右のとおり原告に重過失があるとして使用者責任を否定する主張をしているが、右主張は、被告に使用者責任が生じる場合の原告の過失との相殺の主張を含むものと考えられる。よつて、この点を検討する。

(一) 本件覚書を取り交わした際、覚書冒頭には「東日本東芝家電販売株式会社(以下「甲」という。)」とありながら、末尾の当事者の表示欄には、「甲 東日本東芝家電販売(株)内 東京東芝家電グループ事務局」と紛らわしい表示がされ、かつ、「市販部担当部長高山保夫」が手書きされ、個人用と区別ない「高山」の丸印が押捺されたのであり、その不自然さは顕著であつたといえる。ちなみに、ニッテツは被告(高山)に対し、契約書の作成を要請し、「東京東芝家電グループ事務局」名義の契約書を了承せず、正式のものでなければならないとしたのである(一4)。また、事務局名義の契約書を受け入れる場合にも、原告が、その実態について詳細に問いただしたり、被告の社印の押捺を要求すれば、高山の意図を比較的容易に知ることができたと考えられる。

(二) しかも、本件覚書作成から約一〇か月後に原告の都合で契約書を要求することとなり、本件契約書(甲一)が作成されたのであるが、その際にも高山が覚書と同様にグループ事務局名でこれを作成してきたことは前示のとおりである。したがつてここでも疑問を提起する契機があつたのに原告はこれを看過したものといわざるを得ない。

(三) 高山の購入量は一回につき六冊三五五万二〇〇〇円から次第に増加していつたところ、その一回目だけは原告の担当者の林が高山の許に回数券を持参してが、その後は高山が自分で回数券を取りに原告方に来た事実が認められる。しかし、被告の市販部の部長代理又は部長という肩書を使用している者が、常に取りにくるのはいささか不自然であり、原告はそのことに疑念を持つてもよかつたと思われる。

(四) 原告と高山の取引は、次第に取引量が増加していき、平成四年には一回当たり二〇〇〇万円を越えるようになり、かつ、購入回数が一年中区別のないものであり、高山の説明と矛盾する状況が生じていた(二3)から、原告において、取引の正当性について、疑念を抱いても不思議でない状況が生じていた。

(五) 他方、被告においては、高山に対する一般的監義業務違反として使用者責任が生じることにはなるが、それ以上の目立つた特別の加重責任事由は見当たらない。

(六) なお、別紙一覧表のとおり、本件取引の段階に至つて初めて事故が生じたが、それまでの三四回計四億七八九二万八〇〇〇円の取引は有効に原告と高山(被告の無権代理人)との間で決済され、原告は販売実績を上げていたことになる。

以上の諸事情に照らすと、原告に、本件取引による被害が生じたことについて、原告にも被告の監督上の責任に劣らぬ過失があるといわなければならず、その過失割合は、原告の六に対し被告の四と認めるのが相当である。

したがつて、本件取引による原告の損害五〇三二万円のうち、被告において賠償すべき金額は二〇一二万八〇〇〇円となる。

四  以上のとおりであるから、原告の販売契約に基づく請求は理由がないが、使用者責任に基づく請求は主文の限度で理由がある。仮執行宣言は必要でないから、これを付さないこととする。

(裁判長裁判官 岡光民雄 裁判官 松本清隆 裁判官 平出喜一)

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